6、旅立ち
その日の晩。
クラトスは、いつものように、小屋の屋根にこしをおろしていた。
彼はいつも、夕食がすんだら剣のけいこに行くことにしている。しかし、ノイシュを残しているからといって、アンナを小屋に置いたまま一晩中るすにするわけにはいかないし、かといって、夜中にもどって来てしてしまっては 彼女が迷惑するだろう。そういうわけで、クラトスは、けいこをほどほどで切りあげて帰って来たら、屋根で一夜を明かすことに決めていた。
静かに星をながめるクラトスに、のんびりした声がかけられる。
「クラトス、クラトス〜」
「・・・・ノイシュか?」
ノイシュはいつも、夜になると小屋の入り口をじんどって見張りをしてくれているが、クラトスに声をかけてくるのはめずらしい。何ごとかと思ったクラトスは、急いでノイシュの前におり立った。
「どうしたのだ?」
「あのね、ポポタンがよんでるよ」
「私を・・・・か?」
「うん」
クラトスは、半信半疑で足元にうわっている花に目をやる。しかし、彼の耳には、何も聞こえてこなかった。
「・・・・・・・・・・なんと言っている?」
クラトスがノイシュにたずねると、ノイシュは、ぴくりと耳を動かして言った。
「え〜とね。聞いてください・・・だって」
「・・・・なんだ、その説明は・・・・・・・・」
「ようは、信じろってことじゃない?」
ノイシュは、あっけらかんとした口調で言って首をかしげた。
「・・・・・バカバカしいな・・・・」
クラトスはそう言って苦笑したが、その瞳は真剣そのものだ。
それからしばらくの間、クラトスは息を殺してじっと花を凝視(ぎょうし)していたが、ふいに、フッと息をつくと、やれやれと頭をふった。
「・・・・・・・・・・・やはり、私では無理だな・・・・・・・・」
「でも、ポポタンは、クラトスからアンナに伝えてほしいって言ってるよ〜」
「・・・・なに?」
ノイシュの言葉が、あきらめかけたクラトスにやる気を取りもどさせる。
「・・・・何を伝えたいのだ? 言ってみろ」
大きな身体を小さくかがめて花をのぞきこむクラトスを見たノイシュが、あきれて笑った。
「なに急にやる気だしてんのさ。本当、ゲンキンなんだから〜」
「ノイシュ。口をとじろ!」
アンナに伝えるとあっては、何としても聞きとどけなければ。
クラトスは、信じるよりも、願うような気持ちでタンポポを見つめた。
『・・・・・さま・・・・・クラトスさま・・・・・・・』
ふいに、クラトスの耳に、かすかな声がとどく。それは、耳というより、頭の中に直接ひびく不思議な声だった。
目を見開いたクラトスが、もう一度 花によびかける。
「・・・・おまえか?」
『はい・・・そうです』
クラトスは、自分には出来るはずもないことが出来ていることにおどろくのも忘れて、真剣な面持ちで身を乗りだした。
「なんだ?いったい、何を伝えたいのだ?」
『・・・・・・・・・・・・・・私は、もう行かなければなりません。どうか、アンナさんに伝えてください・・・・・・・・・・』
アンナと父様-長いお話『アンナの誕生日』 |