3、やすらぎのひととき
「・・・・・・・ちょっと、近道にしては、すごい場所を通るのねえ〜」
アンナは、ノイシュから落ちないようにしっかりとふせて、ふさふさのあたたかい背中に、ぴったり体をおしつけた。
朝食の後、クラトスについて出かけたのはいいが、もう、何時間もずっと、道もない、けわしい山の中を歩き続けているのだった。先を行くクラトスが草木を分けて道を作ってくれてはいるが、へたに体を起こすと、木の枝や草のしげみが服や髪にひっかかってしまうので、アンナは、ノイシュの背中でおとなしくしているしか方法がなかった。
クラトスとノイシュの疲労(ひろう)を心配したアンナの顔色がだんだんくもってきたころ、クラトスが、息ひとつ乱さずに言った。
「もうすぐ森が開ける。そこで、休けいにしよう」
「は〜い。といっても、わたしは、ずっと休んでるけどね♪」
「そうだよ〜。アンナは ボクに乗ってるだけだもんね〜」
ノイシュが、ふんと鼻息をつく。
「ごめんね、重い?」
「その質問には答えられないな〜。なんて言っても、おこられそうだもん」
「うふふ♪あなた、クラトスより、ずっとかしこいわね〜」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
そうこうしているうちに、いきなり目の前の景色が変わった。うっそうとした森がとつぜん終わり、明るい光が3人を包みこむ。
「きゃ・・・・・!」
あまりのまぶしさにおどろいたアンナが、悲鳴をあげて目を閉じる。しかし、新しい何かを確かめたいという好奇心が勝って、アンナは、おそるおそる まぶたを持ち上げてみた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・?」
うっすらと見えたのは、開けた原っぱにふんわり広がる明るい色彩。赤、青、緑、黄色、とりどりの美しい色が、ふわふわとやさしくゆれている。
その正体を一瞬で見ぬいたアンナは、ぱっと目を開いて歓声(かんせい)をあげた。
「きゃあ〜〜〜っ!!すごい!!!」
「・・・・・・休けいしよう。しばらく好きにしていいぞ」
そう言ってクラトスが手を差し出したが、それよりも早くノイシュの背中からすべりおりたアンナは、クラトスには目もくれず、一面に広がる花の中へ飛びこんだ。
「きゃあ〜っ! あはははは♪」
「・・・・・・フ」
予想以上に喜ぶアンナを見たクラトスのほほがほころぶ。
その笑顔を見たノイシュが、不思議そうに首をかしげて言った。
「おまえのためだけに、ここに来た。・・・・・って、言ってごらんよ。アンナ、泣いて喜ぶよ〜」
「・・・・・・・・・・・・・・・大きなお世話だ」
「ふ〜ん・・・・・人間って、いろいろメンド〜だねえ」
「・・・・・・・むだ口をたたくヒマがあるなら手伝え」
「わかったよ〜。もぉ〜!」
ノイシュは笑いながら地面のかわいた場所を見つけると、二人が座る場所を作るために、前足で土をならした。
クラトスは、平らになった地面に布をしき、風下の少しはなれた場所に石組みのかまどを作ると、慣れた手つきで火を起こして、なにやら料理を始めた。
「うふふふ。へ〜!そうなんだ〜♪」
時おり、アンナの明るい声が耳に届く。彼女は草木と会話することができるのだ。クラトスは料理をしながら何度か後方に目をやって様子を見ようとしたが、花畑にもぐったアンナはどこにも見当たらず、彼女の笑い声だけが、あたりいっぱいにひびいていた。
「・・・・・・・アンナ、いつまで遊んでる気なんだろうね〜」
「料理が完成しても、もどらなければ、よべばよかろう」
いつの間にか料理のしこみも終わり、手もちぶたさになったクラトスとノイシュは、ならんでこしをおろして、目の前の光景をぼんやりとながめていた。
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?)
ふと、ふく風にさそわれて視線を落としたクラトスは、その先に、ぽつんと小さな黄色い花がさいているのを見つけた。
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・似ている・・・・・・)
明るい日ざしを受けていっぱいにさきほこる花たちとちがって、うっそうとした森の切れ目のかげにひっそりさく、小さな黄色い花。
それは、大地をいつくしむように土にそって葉をのばし、空にむかってまっすぐのびた太いくきの先に、細く小さな花びらが集まっている。花に興味を持ったことのないクラトスは名前を知らなかったが、どこかで何度か見たことがある、なつかしい花だ。
小さくてもりんとして力強く、たった一輪でも周囲を照らすほどの明るさを放つその立ちすがたがアンナとかぶる。
(・・・・・・・・・・・言えば、また、おこらせてしまうだろうな・・・・・・)
アンナの姿が見えないのを確かめてから、クラトスは、一人で苦笑した。
つい先日の話になるが、アンナが自分のどこが好きかとしつこくたずねるので、おさないころのノイシュと同じ顔をしていると、ついつい本音をもらしたことがあった。
アンナは、ふつうの人間では持つことのできない、清らかで美しいマナを身にまとっている。
人間ばなれした上に、地上で最も気高くかしこいプロトゾーンに表情が似ているのだから、クラトスにしてみれば至上最大級のほめ言葉だったのだが、それを聞いたアンナは、とたんにおこり出して、しばらくの間は手がつけられない状態になってしまったのだった。彼女いわく、私は、犬と同じレベルでかわいがられているのね・・・・・・と。
(・・・・・・・次は動物ですらない・・・・・・などと言えば、二度と、口をきいてくれなくなるかもしれんな・・・・・・・・・・・)
そう考えると、このささやかな発見は、自分の胸の奥深くにひっそりとしまっておくのが最良だとクラトスは判断する。
もちろん、それを伝える気も、さらさらないのだが・・・・・・・
アンナと父様-長いお話『アンナの誕生日』 |