4、タンポポ
「ただいま〜!」
それからしばらくして、ちょうど料理が出来上がろうというころ、タイミングを計ったようにアンナがもどって来た。
すっかり満足したが、まだ興奮(こうふん)がおさまらないといった様子のアンナは、目の前に用意された小さな食卓を見つけると、大きな目をさらに丸くして言った。
「うわあ! なにこれ! すごい♪」
「お昼ごはんだよ〜。まあまあ、すわって♪」
のんびりと言ったノイシュがアンナをエスコートする。洗いたての布に座ると、クラトスが大きなフライパンを持って来た。そこには、アンナが見たことのない料理が乗っている。
「それは?」
早く食べたいのをこらえてアンナがたずねると、クラトスは、視線をフライパンに落としたまま、ぼそぼそと説明を始めた。
「これは、パエリアといって、今から2千年ほど昔に・・・・・・」
「あ、名前だけでいいわよ。それより、早く食べたいなあ♪」
アンナがクラトスを見上げると、ようやく二人の視線が合った。しかし、アンナをとらえた赤い瞳は、何かを発見した様子で、じっと彼女を観察している。
「・・・・・なあに?」
アンナが首をかしげると、ふいに、クラトスが鼻で笑った。
「だから、なによ〜!」
「・・・・・・食事のしたくをする間、体のほこりをはらってこい」
「え?」
アンナが自分の体を見ると、あちこち土と花粉にまみれてひどい有様だった。これでは、クラトスがあきれるのも無理はない。
「ぜんぜん気がつかなかったわ。ちょっと行って来る」
「ああ。風下へ行くのだぞ」
「は〜い♪」
立ち上がったアンナが風下へ行ってよごれをはらっていると、どこからか、彼女をよぶ、かわいらしい声が聞こえてきた。
『・・・・・・・もし・・・・・・アンナさん・・・・・・』
「・・・・・・・?」
アンナは声のした方を見たが、そこにはだれもいなかった。
「・・・・・・あなたは、どこにいるの?」
アンナが耳をすましながら小さな声でたずねると、同じぐらい、小さなかわいい声が答えた。
『・・・・・私は、あなたの目の前にいます。下を見てください』
「・・・・・下?」
アンナは、言われるままに視線を落とす。
そこに、一輪のタンポポがさいていた。声の主は、どうやらこの花らしいとアンナはすぐに理解する。
「・・・・・・どうしたの?」
『・・・・・・・・・・私を、一緒に、連れて行ってください』
「アンナ、どうしたのだ?」
いきなり地面にしゃがみこんだ彼女を見て、クラトスが声をかける。
「あ、だいじょうぶ。なんでもないわ。すぐに行くから」
そう言って、アンナは 再びタンポポをのぞきこんだ。
「いっしょに・・・・・って・・・・・・・どうして?」
『・・・・・・・あちらのだんなさまが、私を、あなたにささげたいと、強く望んでいます・・・・・・・』
「ええええ〜〜〜〜っ!!!???」
「アンナ!?」
「あっ、いえ・・・・・なんでもないわ。あの・・・・・・もうちょっと、まってね♪」
けげんそうに まゆをしかめるクラトスに背中を向けて、アンナは、さらに小さな声でたずねてみる。
「・・・・・・それ、本当?でも、どうして、あなたなの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・あれは、何をしているのだ」
「さあね〜。よんで来ようか?」
「いや・・・・・・すぐに来ると言ったのだ。いましばらくは、かまうまい」
うずくまったまま動かないアンナをながめながら男たちが会話していると、とつぜん立ち上がったアンナが、急いでかけよって来た。
「クラトス、スコップもってる?」
「・・・・・・いや。 どうした?」
「あのね、お花、もって帰るの!」
「・・・・・・・・・・・?」
「アンナが花を持って帰るなんてめずらしいね〜。いつもは、見てるだけでいいって言うのに〜」
ノイシュが、そう言って首をかしげた。
クラトスも同じことを感じて内心おどろいたが、今は、料理がさめてしまう方が気がかりだったので、できるだけ彼女をなだめるように、ていねいに言った。
「後で、私がほり起こしてやるから、先に食事をすませよう」
「・・・・・・・・・・・・・・・・本当?」
なぜか、アンナのほほが さっと紅潮する。喜んでいると判断したクラトスは真面目な顔をしてうなづくと、たっぷりと料理をもりつけた皿を差し出した。
「さめると、味が落ちるぞ」
「きゃあ! それは大変!」
アンナと父様-長いお話『アンナの誕生日』 |