扉を開けて

6、


次の日、まだ暗いうちに街へ連れて行ってもらったアンナは、朝市で新鮮な食材を買いこむと、帰ってすぐに一人で料理を始めた。何を作るのかは出来上がるまでの秘密ということで追いはらわれた男たちは、少しはなれた丘の上からアンナの様子をながめていた。

片手を剣にそえて一点を見つめるクラトスに、ノイシュが言った。

「心配そうだね」

「・・・・・・・」

「大丈夫。アンナは、毒を入れたりしないよ」

「・・・・・・そのような心配はしていない」

クラトスは、視線をそらさずに返事する。

「・・・・アンナ、初めて会った時に料理を失敗してたけど、手伝わなくて大丈夫かなあ〜」

「・・・・・・・・・仕方あるまい。本人がそう望むのだからな」

そう言いながら様子をうかがう二人の耳に、ふいに、軽やかで明るい歌声がひびいてきた。アンナだ。


埴生の宿も わが宿
玉のよそい うらやまじ
のどかなりや 春の空
花はあるじ 鳥は友
おお わが宿よ
たのしとも たのもしや・・・・


「・・・・・・・・・・・・なんだか、みんながいた時みたいだね」

ぽつり。ノイシュが言った。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「なつかしいね〜」

クラトスは何も言わなかった。しかし、彼の脳裏に、かつての仲間たちの姿がありありとうかぶ。

確か、料理は当番制だった。

失敗の悲鳴が完成の合図だったマーテル。ユアンはノイシュを使い走りさせ、ミトスは毎回さがしに来てくれた。一番料理が上手だったのは誰だったろう?

クラトスー

ノイシュー

ごはん出来たわよー

もう二度と聞くことはないと思っていたセリフが周囲にひびく。明るく、やさしく・・・・そして、とてもなつかしく。しかし、それは同時に、初めて覚える新鮮な気持ちをクラトスにもたらす。

「クラトス、うれしそうな顔してるね。なんだか、ボクもうれしくなってきた♪」

ノイシュはその場にふせると、しっぽをパタパタとふった。

「クラトスはさ、誰かに作ってもらったごはんを食べるのって久しぶりなんじゃない?」

ドキリ。

クラトスの心臓が止まった。

彼女によばれ、食事の席に着いた時、いや、食事の場に現れた時に、どう対応すれば良いのだろうか。

「・・・・・・どうしたの?」

異変に気がついたノイシュが言った。

「・・・・・・・・別に」

クラトスはそう言ったが、ノイシュはフンと鼻息をあらくした。

「あのさぁ。人間って、学習能力ってものがないわけ?」

「・・・・・・・・・どういう意味だ」

「『たがいの気持ちを知るには、言葉が一番早くてまちがいないんだな・・・・』ってボヤいてたのは、昨日のクラトスじゃなかったっけ?」

ノイシュがそっぽを向いて言うと、クラトスは、長いため息をついて言った。

「・・・・・・・・・・・・・・・おまえは・・・・・・・・・どうするつもりだ?」

「なにを?」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

再びクラトスがだまりこむ。しかし、ノイシュには分かっていた。クラトスは、アンナの善意に対して最高の礼をつくしたいのだ。そのために二人が出来ることを相談したいにちがいない。

(・・・・やれやれ。人間って、いろいろ大変だね、ホント)

「やっぱさ、アンナが一番喜ぶのは、クラトスからのホメ言葉だと思うよ。『おまえの手料理が食べられる私は、世界一の幸福者だ。これからは毎日たのむ!』・・・・なんてどう?」

そう言って、ノイシュは大きなあくびをした。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

それっきり岩のように動かなくなってしまったクラトスの耳に、もう一度、アンナの声がひびいた。今度は、やさしい歌声に乗って。



クラトスー

ノイシュー

ごはんですよー♪





20051120
歌:埴生の宿・・・イギリス民謡

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