扉を開けて

2、


それから数時間がすぎたころ、アンナは、一人で空を見上げていた。星を見るのは大好きななずなのに、今は、少しもうれしくない。すぐ目の前に見えているのに、手をのばしても届かない。その状態が、今のアンナが感じていることにぴったりで、思わず空に文句を言いたい気分になってくる。

「はあ・・・・・・・」

アンナは、心の中にたまった もやもやした気持ちを一気にはき出すと、今度は、大きく息をすって、そのまま地面に寝転がってみた。そうすれば、少しは気が晴れるかもしれない。そう思ったのだ。

「ア〜ンナッ♪」

「きゃっ!」

ふいに、目の前が白い顔でいっぱいになって、アンナはあわてて飛び起きた。そのひょうしに、彼女の頭が、のぞきこんだノイシュの鼻にゴツンと当たる。

「いだっ!」

「あっ、ごめんなさい!」

アンナは、すぐにノイシュの鼻に手を当ててファーストエイドをかけてやった。ノイシュはヒンヒンと鼻を鳴らしたが、きょとんとした顔をして言った。

「・・・・どうしたのさ〜。ごはんは残すし、トイレに行くって言って帰って来ないと思ったら、こんなところで何してんの?」

少しのかげりもない黒い大きな瞳が、じっとアンナの顔を見つめている。その無邪気(むじゃき)な様子に毒気をぬかれたアンナは、やれやれとため息をついてノイシュにもたれかかった。

「・・・・聞いてくれる?」

「なにを?」

「・・・・・クラトスは、どうして、ごはんを作らせてくれないのかしら。まるで、わたしに作らせたくないみたい・・・・・・・」

アンナはしずんだ声でもらしたが、ノイシュは、ふんと鼻で笑って言った。

「ああ、毒をもられると思ってるんじゃない?」

「そんなことしないわ!」

さっと青ざめたアンナは、思わず そうさけんでいた。

「じょうだんだよ〜。本気にしないでよー」

いつもの彼女なら、こんな風に感情的になることはない。むしろ、自分から進んで冗談(じょうだん)を言うのに、一体どうしたのだろう。ノイシュは、大きな瞳をパチパチさせてアンナを見た。

「そんなこと・・・・クラトスが・・・・まさか・・・・・・・」

ぼんやりと言って大きくかぶりをふると、アンナは、ノイシュの首にぎゅっとしがみついた。

「アンナ。キミ、考えすぎだよー」

そう言ったノイシュがぺろりとほほをなめると、アンナは、うっすらと目になみだをうかべて笑った。

「・・・うん・・・そうね。そうよね。・・・・どうしちゃったのかな、わたし・・・・・・・」

最近の自分は、本当にどうかしている。アンナは、胸に手を当ててため息をついた。たかだか料理の話ではないか。世の中には、何もかも女にまかせて手伝いすらしない男だってたくさんいる。クラトスに文句をつけようなんて、まったくのお門違いだ。それは分かっている。分かってはいるのだ。

・・・・・・・・・でも・・・・・・・・どうして?

考えれば考えるほど 胸がいっぱいになって悲しくなってくる。悲しいのは、料理をさせてもらえないからではない。クラトスが、アンナの気持ちを受け止めてくれないからだ。それも分かっている。しかし・・・・・・・

なぜなのだろう。

・・・・・・・・・・・毒。

ドキリ。アンナの心が冷たくなる。クラトスが、まさか、そのような事を考えたりするのだろうか?

クラトスは、いつも決して、自分から目を はなすことはない。

(ちがう・・・・)

食事はいつも彼が作っているし、手伝わせてもくれない。

(ちがう・・・・!)

それに、彼はいつだって、夜になると剣のけいこと言って出かけてしまい、無防備なすがたをアンナに見せることはない。

それは、心を許していないからではないのか?スキを見せれば、命をねらわれると思っているのだろうか?

ちがう・・・・・ちがう・・・・!

「ちがうわ!彼は、そんな人じゃないもの!」

「うわっ!なに?」

思わず声を出してしまったアンナは、おどろいて飛び上がったノイシュを見て、ようやくわれに返った。

「・・・ごめんなさい。ちょっと、考えすぎてるみたい」

「うん。そうみたいだね」

ノイシュは、目をぱちくりとさせてうなづいた。アンナは深いため息をつくと、ノイシュの顔をのぞきこんで言った。

「ねえ、ノイシュ。ちょっと、お散歩しましょうか」

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