扉を開けて

5、


「・・・・・もう、こんな時間か。そろそろ行かねば・・・・・な」

ふいに、クラトスが窓の外に目をやって言った。

彼は、夜になるといつも、剣の練習と言って一晩中外出する。クラトスの剣技はすばらしいもので、向かうところ敵なしといったところだ。それだけの強さを保つには、当然、日々の鍛錬(たんれん)が大切だろう。しかし、そうと分かっていても、アンナの心にはひとつの消えない疑問があった。

なぜ、彼は、自分のそばでゆっくり落ち着こうとしないのだろう。

クラトスは、いつだってアンナを見守ってくれている。しかし、それは態度の話で、実際にクラトスがアンナの近くに寄って来ることはほとんどない。特に小屋では、その場にいるのも苦痛なのかと言いたくなるぐらい よそよそしい態度をみせる。早く出て行きたくて仕方ない。なんとなくそんな空気が流れるものだから、アンナも引き止めることができずに今日まできたのだ。

しかし、今のアンナは、不思議なほど素直な気持ちでたずねることが出来た。

「ねえ、クラトス。おけいこへ行くのは、急ぐの?」

「・・・・・・・・・・・?」

剣を手にしたクラトスが、動きを止めた。

「・・・・・・・なぜだ?」

「わたしが先にたずねているの。あの・・・・夜は長いんだし、もう少し、ゆっくりしてはいけないの?」

アンナがおずおずと言うと、クラトスは、いぶかしげにまゆをよせた。まったく意味が分からない。そんな顔だ。かすかに口を開いて何か言いかけ、それを一度のみこんだクラトスは、ふっと小さな息をはいてから、低い声でつぶやいた。

「・・・・・・・私がいては、不都合なのだろう?」

「なぜ?」

「私がたずねているのだ!」

クラトスが いらだちをかくさずに言う。そんな反応がくると思ってもみなかったアンナは、おどろいて口ごもった。

「そんな・・・・・わたし・・・・・・そんな風に思ったことは一度もないわ。ただ、あなたが、いつも、早く行きたそうにしているから・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

クラトスは納得(なっとく)のいかない様子で目を細めると、不満げにつぶやいた。

「・・・・・・おまえはいつも、早く行けと言わんばかりにせかすではないか」

「それは、あなたが・・・・・・・・」

「いや。おまえがせかしているのだ」

「ちがうわ。だって、あなたが・・・・・・・」

「二人とも、まったーーーーーっ!!!」

それまでじっと様子をうかがっていたノイシュが、二人の間にドカリと体を割り入れた。

「ケンカ反対!クラトスもアンナも、ちょっと落ち着いてよ〜!」

「・・・・・・・・すまん」

クラトスはすぐにわびると、ふっとため息をついて、いつもの冷静な顔を作った。アンナも、まだ動揺(どうよう)しながらクラトスにならう。

「・・・・・・・ごめんなさい・・・・・」

「あのさ。だからさ。キミら、本当は、どうしたいわけ?」

ノイシュは、大きな瞳をくるくると動かして交互に二人を見た。

「あの・・・・・・・・・・・・・・・」

先に口を開いたのは、アンナだった。

「わたしは、少しでいいから、ゆっくり話せる時間がほしいの。だって、クラトスと話ができる時って、他にないんだもの」

「ふーん。じゃあ、クラトスは?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

アンナとノイシュの視線がいっせいにクラトスに注がれる。クラトスは、とても居心地が悪そうにうつむいて床をにらみつけていたが、やがて、その沈黙(ちんもく)にもたえられなくなった様子で、ようやく口を開いた。

少しなら・・・・・・・・・・・・・と。

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