イセリアの森に入って10分。それなりの距離を進んだはずだが、何の異変も見て取れなかった。しかし、暫くしてロイドとジーニアスが動物やモンスターが見当たらないことに気づいた。普段なら、襲われていてもおかしくないはずだ。
そのことについて考えていると、突然、音……いや、音楽がどこからか流れてきた。
「なんだぁ? この無意味なまでに豪勢な感じの音楽は?」
ゼロスの言うとおり、立派で豪華な感じの音楽なのだが……何かが抜けているような感じがした。すると、バイアスがとても面倒臭そうな表情で空を見上げた。
「……いますね、心当たりが1人」
「まさか、また魔王が来るとか?」
「う〜ん、どうでしょう。アレも一応、腐り果てていても魔王は魔王かもしれませんが……」
珍しく、バイアスのテンションが普通に低い……というよりも、本当に迷惑そうだった。すると、やたらと派手な光が何度も明滅した後、バイアスの心当たりの悪魔が現れた。
「ふはははははははは!!」
高笑いをあげながら現れた“一応”魔王は、筋骨隆々で、いかにも“王様っぽい”冠とマントを身に着け、首の辺りが青い毛か何かでモコモコしているライオンっぽい姿をした、人に近い容姿の悪魔だった。
「良くぞ集まったな、皆の衆ぅ〜。我こそは、魔王の中の魔王! その名も高き宇宙の王者! 森羅万象の創造主! さぁ、唱和せよ! 我輩のぉぉ〜……名は!!」
『………………』
ロイド達はあまりのことに、目が点になっていた。昨日の魔王との激戦の後だけに、余計に目の前のオッサンの暑苦しいハイテンションが場違いに思えてならなかった。
というか、どうして初対面の相手に自分の名前を言えと言っているのだろうか?
暑苦しいオッサンは両手を大きく広げた体勢のまま、数分間待っていた。その頃にはロイド達も冷静さを取り戻していたが、相変わらず、暑苦しいオッサンに視線を向けたまま、何も言えずにいた。
すると、暑苦しいオッサンはわなわなと肩を震わせ、ようやく体勢を崩した。
「くぅおおおおおらぁぁぁ!! いきなり我輩を、この魔帝ロイヤルキングダーク3世を無視するとはぁ!! 真面目路線のRPGのクセに、一体どぉいうことだぁ!?」
「いや、そんなこと言われても……」
「俺さまたち、あんたのことなんか知らねぇし」
ジーニアスとゼロスがロイヤル……ミルクティー?に戸惑いながらそう答えると、ロイヤルミルクティーは驚愕の表情で後ずさりした。
「ぬ、ぬわぁぁんだとぉぉぉぉ!? そんな話、聞いておらんぞ!?」
「当然だ。我々は初対面であろう」
リーガルは至極当然のことをきっぱりと言った。
「……バイアス、知っているのか?」
ユアンが肝心なことを尋ねると、バイアスはいつもよりはるかに低いテンションで説明をしてくれた。そんなに嫌いなのか。
「あれは魔帝ロイヤルキングダーク3世。言うまでもなく、見て分かるとおり、只のアホです」
バイアスのとても的確な表現に、全員が「ああ」と、思わず手を叩いた。珍しくユアンまで。
「くぉら貴様ぁ! 誰ぁぁぁれがアホだぁぁ!? 我輩は、全宇宙の寵愛を受けた最強の魔王ぞぉ?」
「若干2歳の娘に魔界を奪われ、十数年前には奥さんにも逃げられて、今は住む魔界もない住所不定無職のモロコシ畑の腹話術オジさんのどこが魔王ですか」
「だぁぁれが腹話術師だ! 我輩はそこまで落ちぶれた覚えなどないぞ!!」
「住所不定無職は否定しないんだ」
ジーニアスの言うとおり、ロイヤルキング……ティー?は肝心な部分を否定していなかった。腹話術が得意な魔王がいても、別にいてもいいと思うし。それにしても、2歳の娘に魔界を奪われるって……娘が凄いのか、あのオッサンがそれだけ情けないのか。
「モロコシとは、トウモロコシのことか?」
「ええ。全魔界に生えている野菜の1つで、コーンフォークという何故か生まれた時から爺臭い魔物もいますよ?」
「ふむ。悪魔と言っても、生活は我々人間と大差ないのだな」
「ええ。とある魔王は人間の女性に一目惚れして結婚したりと、感情面でも本来は大差ないのですが……偏見でしょうねぇ。あのような悪魔がいるから、私のような力強くビューティフルで華麗なる悪魔でさえも、色目で見られてしまいます」
「お前も原因だっつーの」
リーガルとバイアスとゼロスは、ロイヤルキングティー?を無視してのんびりといつもどおりの会話をしていた。
「禁書に封印した連中はともかく、ここ最近現れる悪魔はどいつもこいつも個性的だな。悪い意味で」
「はっはっはっは〜、照れますねぇ」
「褒めていない」
バイアスとユアンもいつも……というか、前と同じだ。けど……
ロイドはロイヤルキングティー?の方を見ると、案の定、肩をわなわなと震わせていた。まぁ、これだけ無視されれば、誰でも怒るよなぁ。
「くぉぉぉらぁ!! 貴様ら! 我輩を無視して楽しげに会話するなぁ!!」
びりびりと、耳だけでなく身体ごと震えるような力強く張りのある声だった。これには、さすがのゼロスやバイアスも軽口をやめて、ロイヤルキング……ティーじゃなくて……なんだったけ?に注目した。
「妙に声に力のあるオッサンだなぁ」
ゼロスが言ったことは、全員の率直な感想だろう。これを聞いて、ロイヤルなんとかは得意そうに「ふふぅぅん」と鼻を鳴らした。だが、次のジーニアスの言葉を聞いて、ロイヤルなんとかは凍りついた。
「けど、なんていうか雰囲気がこう……しょぼい? 情けない感じもするような……」
ジーニアスの容赦のない言葉に、ロイドはついにロイヤルなんとかに同情したくなってきた。勢い込んで(多分)挑戦に来たのに、こんな扱いを受けては堪ったものではない。
ロイヤルなんとかは歯軋りして、身体全体を怒りで震わせていた。
「ぐぬぬぬぬぬ……! 貴様らぁ、一般的なRPGの主人公の分際で、我輩をそこまで愚弄するとは……良い度胸だ。良かろう! ならば、我輩の真の力を見せてくれようぞ!!」
そう言った直後、ロイヤルなんとかは無意味なまでに派手な金色のオーラを放った。その眩しさにロイド達は思わず目を覆い、光が収まるのを待った。
暫くして、何時の間にか何処からか煙まで出ていたが、とにかく光が収まったので、ロイド達は煙の中に隠されたロイヤルなんとかの姿が現れるのを待った……
「行きますよ、ジーニアスくん。そぉ〜れ、ビューティー派!」
「いっけぇ! エアブレイド!」
バイアスとジーニアスが、風の魔術で無理矢理に煙を払った。待つのが面倒だからって、攻撃魔法を使わなくてもいいのに。
ともかく、煙の中から現れた新の力を解放したロイヤルなんとかの姿は……。
!!!??!!????!?!?!?!?
「あ、また間違えた」
一瞬で元に戻ったが、間違いなくロイヤルなんとかとは、全く別の姿になっていた。
……というか、誰だよあれ!?
「な、なんだ!? 今の!?」
「あれが、あのオジさんの本当の姿……?」
「なんつーか……魔王ってのも、落ちぶれるとああなっちまうんだな……」
「哀れな……」
「というか、殆ど原形を留めていなかったぞ、さっきのあれは」
みんな、当然今の怪奇現象に戸惑っていた。いや、リーガルとゼロスに至っては“真の姿”のあまりの貧相さに同情さえしていた。
「おや? 今のはうえ…………」
「わあああああ! それ以上言うなぁぁ!! 頼む! 今のは見なかったことにしてくれぇ!!」
バイアスが何かに気付いたようだったが、ロイヤルなんとかは慌ててそれを遮って、今の光景を無かったことにしてくれと、無理難題を言ってきた。あんな衝撃映像、それこそもしかしたら、一生夢に見るかもしれない。
「改め、これが我輩の真の力だぁぁ!!」
一方的に仕切り直して、ロイヤルなんとかは本気の力を見せた。だが……
「どうだ! 我輩が本気になれば、貴様らなぞ……」
「……やっぱ、しょぼいな」
「ゼタとかシードルと比べちまうとなぁ……」
「それに、僕らもゼタさんに鍛えられて強くなったし」
「実際どうなのだ、あれは?」
「レベルで言えば400。魔王を名乗る者の面汚しで恥晒しなのもいい所ですよ。ただのアホだからと見逃されることにも、限度がありますよ? それよりも、さっきのは間違いなくうえ……」
「うるせぇぞこの野郎ども!! いいからとっとと戦えぇぇぇぇ!!」
不遇の扱いの連続に、ロイヤルなんとかはついにキレた。そして、マントの中からある物を取り出した。きっとそれは、彼の武器なのだろう。しかし、それを見たロイドは目を点にして、口を半開きにしてしまった。それほど、彼の武器は驚くべき物だった。
そう、武器が……
「風船!?」
――だったのだ。本当に、冗談でなく。ロイヤルなんとかは、怒気を迸(ほとばし)らせながら、手には赤い風船を握っている……珍妙としか言い様の無い姿だった。
「おいおい、マジかよ!?」
これはゼロスでなくてもそう言いたい気分だ。だが、バイアスはこの状態をあっさりと受け入れていた。
「一体何に驚いているんですか? 私はとある世界で、柱や木を引っこ抜いて武器にしている人達を見たことがありますよ」
「……我々の常識では、アレは子供の玩具のような物なのだが?」
「どこの世界にどんな武器があるのか、そんなのはまったくの未知数です。現に私は、立て札やヒトデ、岩、サボテン、かぼちゃ、パン、レンガ、雑草、トロッコ、巨大な砂時計、魚、種や植木鉢やジョウロを持った一団に追い詰められた経験だってありますよ」
「それはいくらなんでも特例過ぎるだろう。……というか、一体どういう状況だったんだ、それは?」
ユアンが尋ねた直後、風船を片手に持った厳ついオッサンがこちらに向かって来た。
「だらだらとくっちゃべってるんじゃぁぁねぇ!!」
風船が勢いよく飛んでくると、ユアンとバイアスはあっさりとかわした……が、その後ろにいたジーニアスが間に合わなかった。
「あいた!」
ジーニアスの顔面に風船が直撃した。そして風船は、ロイヤルなんとかの手に戻った。どうやら結構な威力だったらしく、ジーニアスは尻餅をついた上に、鼻血まで出ていた。
「ったく、手間かけさせるなよ、ガキンチョ。ヒールストリーム!」
ゼロスがすぐに治癒魔法を唱えてくれたので、大丈夫だろう。
「ありがとう、ゼロス。それにしても、風船ってあんなに痛かったんだ……これからは気をつけようっと」
「いや、そうではないと思うが……」
リーガルがジーニアスの言葉に突っ込みをいれようとした時、ロイドはあることに気がついた。
「……って、あれ? ロイヤル……なんとかは?」
「上です、上」
辺りを見回すまでも無く、バイアスがすぐに上を指しながら教えてくれた。見ると……本当に、風船を掴んだオッサンが空に浮かんでいた。
「あらら〜? なんでお空に浮かんでいるわけぇ?」
「風船って、攻撃後に2分の1の確率で場外になっちゃうんですよねぇ。意外と強いんですけど、使い勝手がイマイチなんですよ」
「……場外?」
その言葉の意味はよく分からなかったが、なんだか、ロイヤルなんとかの影がどんどん小さくなっているような……
「このまま帰ってくれると助かるんですけどねぇ」
「「お前が言うな」」
ゼロスとユアンの、珍しく息の合ったダブルツッコミに、バイアスはやっぱりいじけたが、この際なのでみんな無視した。
その後数分経ってもロイヤル何とかが戻ってこないので、みんなであれこれと談笑したり、バイアスから魔界や悪魔、天使や天界について聞いたりしていた。ついでにロイドはここで、最低限の礼儀として魔帝ロイヤルキングダーク3世の名前を口酸っぱく教えられた。
そして約10分後、上から変な音が聞こえてきた。空を見上げると……凄い形相でロイヤルキングダークが落っこちて来た。
「キャァァァァッチしてくれぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
無茶苦茶な注文に、ほんの一瞬、みんな、目を点にした。
直後、全員一目散にその場から緊急退避した。
「冗談じゃねぇよ!!」
ロイドは走りながらそう叫んだ。
「いたっ」
「ジーニアス、早く!」
つまずいてしまったジーニアスを、リーガルは即座に脇に抱えて走り出した。
「ゼロスさん! ストライクゾーンが広大ならば暑苦しく抱擁してあげてください!!」
「バカッ! 俺さまは野郎になんか興味ねーんだよ!!」
ゼロスはバイアスの無茶苦茶な提案に本気で怒っていた。多分、あんな暑苦しいオッサンを抱きとめたい人なんて、誰もいないだろう。
「くそっ。こんなのばっかりか!」
ユアンの言うとおり、ここ最近、こんなのばかりだよなぁ……。
そしてキングダークは当然、誰にもキャッチされること無く、凄まじい勢いで地面に激突した。同時に上がった土煙が収まってから見ると、地上にはキングダークの尻から下だけが、逆さに出ていた。
アンナと父様-お話スペシャル!『テイルズ・オブ・日本一?』 |