2、
(見つからなかった・・・・・か)
では、次の手段をこうじるしかあるまい。私は、心の中で用意していた言葉を口にした。
「では、ご朝食をめしあがられましたら、昨日、指輪を見つけられてから、どこで何をしたか思い出して、ひとつひとつ、同じ道をたどってみられてはいかがでしょうか」
「そうだな・・・・・ボータ、感謝する。では、今朝の会議と、今日一日の私の仕事は、お前にまかせたぞ。お前にすべてを一任する」
「はっ!」
そして、ユアンさまは、ご朝食を いきおいよくかきこむと、急いで指輪をさがしに出かけられた。
「・・・・・やれやれ」
瞬間移動で見えなくなったお姿のあとをじっと見つめながら、ようやくかたの力をぬく。
私は、ユアンさまに比べると ケタちがいに年が若いのだが、時々、どうしても、ユアンさまが自分の弟のように思えてならない。
剣の力でも、魔力においても、そして、過去の経歴においても、どれをとっても、私など、とうてい足元にもおよばぬのだが・・・・・
ふしぎなものだ。
えにしとは、まこと不可解なものだと、あらためて自分の立場を思う。
はるか昔、世界を平和に導いた勇者と私が、長き時間をこえて、今、ここで、仲間として共にあり、ありあまるほどの信頼をよせてもらえることの意味とは、一体、なんだのだろう?
一介のハーフエルフにすぎない私が、かつて、英雄のなしえなかった目的を、真の意味で達成させるために存在している。勇者の一員として。
これほどの栄光が、はたしてあろうか。
これほどの幸福が、はたしてあろうか。
死など、おそれはしない。
私の命ひとつで世界が救われるのなら、これほどたやすいことはないだろう。ずっと、そう思ってきた。
しかし・・・・・
私の心をくもらせるのは、私がいなくなったらユアンさまはどうなるのだろうという、不安。
たった一人で世界を救おうとやっきになっておられた昔のお姿が目にうかぶ。
恋人の大切な弟は切れぬ。
戦友を殺めることも出来ぬ。
しかし、このままでは、地獄の苦しみを味わう愛しい女性を救うことは、永遠にかなわない。
「・・・・・私は、どうすれば良いのだ?」
それが、初めて会った時、ユアンさまが私にかけられたお言葉だった。
私は、その日から かたときもはなれず、ユアンさまのおそばで力をつくしてきた。レネゲードを作るよう進言したのも私だ。
そして、長きにわたる我々の計画も、確かな実を結び始めている。
今が、一番大切な時期なのだ。
しかし・・・・・・・・・・
しかし、私に残された時間は、あまりない。
いつのころからか、私は、感じ始めていた。私の命は、もう、長くはないだろうと。
これは、エルフの血のもてるわざなのか・・・・・
こく一刻と 無意味に過ぎていく時間の流れをのろわしく思ったこともあった。ユアンさまのためにも、まだ死ぬわけにはいかないと思うようになり、気がつくと、いつしか、死をおそれるようになっていた。
「しかし・・・・・」
思わず口から声がもれて、私は、はっと我に返った。
窓の外はすっかり明るく、弱弱しいが、まぶしい光が、いっぱいに差しこんでいる。
カーテンを閉めてしまえば光は失せるというのに、そのようなことをまったく気にする様子もなく、ただ、ひたすらまっすぐに・・・・・・・・・・
「・・・・・まるで、あの小僧のようだな」
私の目の前に、木刀で戦いをいどもうとしてきた一人の少年の姿が鮮明にうかぶ。
あの時、ヤツは、負けることなど考えてはいなかっただろう。・・・・・いや、もし、負けたとしても、心まで折れてしまうことはなかっただろう。
この日差しのように、たえまなく果敢(かかん)に、そして、時には勇猛(ゆうもう)に、立ち向かい続けるのだろう。
私は、思う。
ヤツならば。
ヤツならば、私がいなくなっても、ユアンさまを心から支えてくれるのではないか・・・・・と。
それは、私の願いでもあり、希望でもあった。
私を失ったとしても、ユアンさまにとって大した損失ではないのかもしれないが、行く側にも、それなりの思いはあるものだ。
早くも、いつおとずれるか分からない死への準備を始めている自分に苦笑したくなるが、その時になって後悔(こうかい)はしたくない。
だから、今、できうる限りのことをするのだ。
心に残った執着(しゅうちゃく)をすべてはらわねば、私は死ねん。ユアンさまのためにも・・・・・。
(・・・・・そういえば、そろそろ、ユアンさまのガマンの限界が近づくころだ。もう、おもどりになられると思うのだが・・・・・指輪は、見つかったであろうか・・・・・)
何気なく思ったちょうどその時、ふいに、とびらの向こうで声がひびいた。
「ボータさま!そろそろお時間です!」
「・・・・・もう、そんな時間か」
会議の時間だ。行かねばならぬ。
私が部屋を出ようとした時、音もなく、ふわりと、ユアンさまがお姿を現した。
笑顔を、いっぱいにうかべて。
完
20041129
アンナと父様-短いお話『想い〜ボータ』 |